——ぼたんスープカレー開発記 第3話
5月の連休明け、車のナビに愛知県の住所を入れた。 助手席にはスマホ。ChatGPTの画面が開いている。 丹波篠山から1泊2日で関東まで。 道すがらスープカレーの名店を回る弾丸ツアー。
行程を組んだのはAIだ。 でもAIは、存在しない店を教えてくることもある。
これは、素人の舌がプロの味を食べて変わっていく話。 そして、AIを信じすぎず、自分の足で確かめることの大切さを知った話だ。
Googleマップで「スープカレー」と打ってみてほしい
あなたの街で「スープカレー」と検索したら、何件出てきますか。
スパイスカレーの店はたくさんある。 でもスープカレーの専門店は、驚くほど少ない。
関西圏でGoogleマップに打ち込んでも、10店舗も出てこなかった。 まず、その全てに足を運んだ。数回ずつ。
不安になった。 やっぱりスープカレーは人気がないのか。 自分がやろうとしていることは、需要がないんじゃないか。
でも、どの店もGoogleマップの評価は4以上。 行ってみると、席はいっぱいだった。
美味しいし、食べたい人はいる。でも店がない。 足りていないのは、需要じゃなくて供給だ。
ないなら、やってみよう。 そもそもそれがスタートだった。
AIは存在しない店を、実在するかのように語る
関西の店を回り終え、次は関東。 ChatGPTにこう頼んだ。
「丹波篠山から1泊2日で帰ってこれる関東までの道すがら、 スープカレーを提供するなら行っておいた方がいいお店を回るルートとリストを出して」。
きれいなリストが返ってきた。 愛知から静岡、神奈川、東京。店名、住所、特徴つき。
最初の目的地は愛知のラセン。 味噌を使ったスープカレーの名店だ。 これは実在する。前回書いた通り、めちゃくちゃ美味しかった。
問題はその先だった。
愛知にもう1店舗、AIがリストに入れていた店がある。 名前がいかにもありそうだった。 提供しているメニューの特徴、店の雰囲気まで詳しく書いてある。 ストーリーに真実味がありすぎた。
でも、検索しても出てこない。 Googleマップにもない。電話番号もない。
その店は、過去にも存在したことがなかった。
AIのハルシネーション。 もっともらしい嘘を、自信満々に語る現象だ。
これは怖い。 でも同時に、大事な教訓だった。
AIの答えは、必ず自分の足で確かめる。
インテリアの仕事でもそうだ。 カタログの写真だけで判断すると、実物と全然違うことがある。 必ず現物を見る。触る。確かめる。
料理なら、食べて確かめる。 AIを使いこなすとは、信じることじゃない。 確かめ続けることだ。
食べて、入力して、まとめて、持ち帰る
愛知のラセンから始まり、神奈川のらっきょ、ラマイ。 東京のsuage、GARAKU。 全て札幌発のチェーン店だ。
静岡には1軒もなかった。 リストにあった店は工程的に無理があり、飛ばしたものもある。
どの店も美味しかった。 でも僕がやったのは「美味しい」で終わらせないことだった。
食べたらすぐ、スマホを開く。 ChatGPTに、箇条書きで打ち込む。
店名。 特徴的な具材。 トッピング。 味の印象——甘め、スパイス感強い、など短い言葉で。 他にない工夫。
素人が味を語ろうとすると、言葉に詰まる。 「美味しい」以外の表現が出てこない。
だから単語でいい。 素人は、単語で入れるに限る。
入力したら「これを文章にまとめて」と頼む。 するとAIが整理してくれる。
「○○店のレビュー。こういう味で、こういう他にないグザイがあった。 トッピングの○○はいいアイデア」。
これを店ごとに繰り返す。 食べる、入力する、まとめさせる。 気がつくと、自分だけのスープカレーデータベースができあがっていた。
「この店のコク、何やってると思う?」
一番衝撃を受けたのは、やはりラセンだった。
味噌を使ったスープカレーの完成度が圧倒的だった。 自分もバージョン3で味噌を入れていたが、次元が違う。 コクの深さ、味のまとまり。全然かなわない。
有名店を回りながら感じたのは「まだまだ全くダメだ」という現実。 正直にそう思った。
でも、落ち込んでいる暇はない。 食べた直後にGPTを開いて、聞いた。
「ここのスープカレーはコクがすごく強い。何をやっていると思う?」
AIが返してきた答えの中に「油の乳化」という技術があった。 スープに油を細かく分散させて、まろやかさとコクを出す方法。
知らなかった。 でもAIに聞けば、知らないことにも辿り着ける。
食べて感じた「何か」を、AIに言語化してもらう。 これが僕のスープカレー巡りのメソッドだった。
持ち帰って実際にレシピに採用したものが、いくつかある。
肉を串で打って大きさを出すこと。 スパイス感が足りないと感じて、香味油を作り提供前に振りかけるやり方。 油の乳化の技術。
全部、食べて→聞いて→やってみた結果だ。
後にバージョン8.5が完成した後、最も最近できあがったキーマカレーも、 実はラセンのラインナップにあったからやってみたくなった。 それが本当のところだ。
50杯のスープカレーが、舌を変えた
ここ1年、外食するならとりあえずスープカレーだった。 食べた杯数は、少なくても50杯を超えている。
食べ歩きはほぼ一人。たまにスタッフを道連れにした。
50杯も食べると、舌が変わる。
スープカレーだけじゃない。 普通のラーメン屋に入っても「この出汁、鶏だな」とわかるようになった。 蕎麦屋で「鰹と昆布か」と感じるようになった。
素人の舌でも、数をこなせば精度が上がる。
これはインテリアの仕事でも同じだ。 家具を100脚見れば、座らなくても座り心地が想像できるようになる。 コーヒーを100杯淹れれば、豆の香りで焙煎度がわかるようになる。
量は、才能の代わりになる。
AIがどれだけ優秀でも、食べるのは自分だ。 食べた数だけ、自分の舌の精度が上がる。 精度が上がった舌で、AIにもっと正確に聞ける。
「素人の四拍子」——聞く→全部やる→食べる→また聞く。 このサイクルを50回以上回したら、 素人の舌は、素人じゃなくなり始めていた。
まだ「全くダメだ」と思っていた
有名店を回り終えた時の正直な感想。 自分のスープカレーは、まだまだだった。
ラセンには遠い。 らっきょの安定感にもかなわない。 GARAKUの華やかさには届いていない。
でも、何が足りないかは言葉にできるようになっていた。 そして、AIにその言葉を渡せるようになっていた。
1年前の僕は「コクが足りない」としか言えなかった。 今は「油の乳化が足りない」「香味油のスパイス感をもう一段上げたい」と言える。
聞く力の精度が、上がっていた。 自分の舌に対しても。AIに対しても。
——その精度が試されるのが、次の話。 9割のお客様が「美味しい」と言ってくれた中で、 たった1人の「美味しくない」に、すべてを変えることになる。
まず、一つだけ。 今度どこかで食事をしたら、一口目の感想をスマホにメモしてみてください。 単語でいい。「甘い」「スパイス強い」「なんか深い」。 それだけで、あなたの舌は次の一杯で少しだけ精度が上がる。
僕の50杯も、最初の一口のメモから始まった。
次回予告 第4話「9割が『美味しい』と言った。でも1人の『美味しくない』で全部変えた」 ——バージョン7.3から8.5へ。絶望と、はちみつと、完成の話。 3月17日公開。
このブログでは、飲食経験ゼロの僕がAIと一緒にスープカレーを作り上げた全過程を公開しています。 素人の挑戦が気になる方は、ぜひ続きも読んでみてください。
ぼたんスープカレー開発記
- 第1話:飲食経験ゼロ。頼ったのはAIと、人力車で鍛えた”聞く力”だった
- 第2話:AIに「コクの出し方」を聞いたら、レシピが根っこから変わった
- 第3話:ChatGPTにスープカレー巡りの弾丸ツアーを組ませた話(本記事)
- 第4話:9割が「美味しい」と言った。でも1人の「美味しくない」で全部変えた(3/17公開)
- 第5話:ぼたんスープカレー、はじまります。——素人の1年間が店になる日(3/19公開)

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