——ぼたんスープカレー開発記 第2話
顆粒のスープの素を鍋に入れながら、思っていた。 お店で食べたスープカレーには、甘みがあった。 僕の鍋には、それがない。
前回、お客様の「うすい」をきっかけにChatGPTへ問いかけた話を書いた。 今回は、その先。 AIの一言から味噌とイノシシが繋がり、 「ぼたんスープカレー」が生まれるまでの話。
素人が聞いて、全部やって、食べて、また聞く。 その「四拍子」が、レシピを根っこから変えた1年の記録だ。
顆粒スープの素を捨てた日——バージョン1から2へ
あなたが今使っている道具や方法を、一度全部やめてみたことはありますか。
バージョン1のスープカレーは、顆粒のスープの素でベースを作っていた。 手軽で、味も安定する。 でも、どうしても再現できないものがあった。
お店で食べたスープカレーの、あの甘み。 スパイスの奥にある、じんわりした旨味。 顆粒では出ない。
ChatGPTに聞いた。 「お店のスープカレーにある甘みを出すにはどうしたらいいか?」
返ってきた答えの一つが、香味野菜と鶏ガラで出汁を取ること。 10時間煮込む。
正直、できるのかと思った。 僕は飲食経験ゼロだ。鶏ガラなんて触ったことがない。
でもAIに「うちにある調理器具はこれです」と伝えたら、 「それなら出来ますよ」と返ってきた。
出来ると言われたら、やらないと仕方がない。
スープジャーに香味野菜と鶏ガラを入れて、10時間。 取り出したスープを一口飲んだ時、明らかに違った。
顆粒では絶対に出ない、奥行きのある甘み。 これがバージョン2だった。
ここで学んだことがある。 AIは「できない」とは言わない。 こちらの条件を伝えれば、その中で最善を提案してくる。 だから大事なのは、自分の状況を正確に伝えること。
人力車の時と同じだ。 お客様の情報が多いほど、最高のルートが引ける。 AIへの情報が多いほど、最善のレシピが返ってくる。
AIが言った「味噌」を、僕は一度スルーした
スープカレーのコクを追求する中で、 AIはたくさんのアイデアを出してくれた。
バター、トマトペースト、ココナッツミルク。 その中に「味噌」もあった。
正直に言う。最初、スルーした。
答えが多すぎて、全部は拾いきれなかった。 味噌とスープカレーが結びつくイメージも湧かなかった。
でもChatGPTにはチャット履歴が残る。 何度でも見返せる。
後日、履歴を読み返していた時に「味噌」の文字が目に入った。 その瞬間、繋がった。
僕の店は、丹波篠山の商店街にある。 丹波篠山といえば、ぼたん鍋。イノシシの肉を味噌で食べる郷土料理だ。
味噌とイノシシ。丹波篠山の商店街で出すスープカレー。
もしこの2つを入れられたら、どこにもない一杯になる。
ここにもう一つ、偶然が重なった。 友人が中華そば屋をやっていて、いのししそばを出していた。 食べた時、甘さを感じた。 イノシシの肉には、独特の甘みがある。
ただ、イノシシ肉は高い。単価がどうやっても合わない。 甘みを出すだけなら、肉じゃなくて油でいいんじゃないか。
そう考えた時、もう一つの偶然が重なる。
偶然は、聞く人のところにやってくる
ちょうどその頃、本業のインテリアの仕事で、 イノシシ肉の専門店「おおみや」さんの店舗工事に入っていた。
内装の打ち合わせをしながら、聞いてみた。 「イノシシの油、卸してもらえませんか」。
OKをもらった。
しかも、おおみやさんではぼたん鍋の味噌も販売していた。 「それも一緒にお願いできますか」。 これもOKだった。
インテリアの仕事がなければ、この店舗に入ることはなかった。 スープカレーを作っていなければ、油を欲しいとは思わなかった。 AIに「味噌」と言われていなければ、繋がりに気づかなかった。
偶然に見える。 でも、聞いていたから拾えた。
AIの履歴を読み返したのも「聞き直す」行為だ。 おおみやさんに声をかけたのも「聞いてみる」行為だ。 友人のいのししそばを食べて甘みに気づいたのも、 舌で「聞いていた」から感じ取れたことだ。
偶然は、聞いている人のところにしかやってこない。
テンパリング——聞いたこともない言葉が出てきた
イノシシの油と、ぼたん鍋の赤味噌。 この2つを手に入れ、AIにレシピの再構築を頼んだ。
「今のスープカレーに赤味噌とイノシシの油を加えたい。 甘みとコクを足しつつ、スープカレーとして成立させたい」。
返ってきたレシピは、根っこから変わっていた。 スパイスの配合も、工程も、全部違う。
焦った。
さらにAIはこう言った。 「味噌は香りが飛ぶから、提供直前に混ぜてください」。 「ついでにスパイスも飛びます。直前にテンパリングしてください」。
テンパリング。
聞いたことのない言葉だった。 調べたら、油にスパイスを入れて加熱し、香りを引き出す工程。 インド料理では基本中の基本らしい。
僕は知らなかった。素人だから。 でもAIは当たり前のように言ってくる。
工数が一気に増えた。 提供直前にテンパリングして、味噌を混ぜて、仕上げる。 屋台での提供は、格段に手間が増えた。
でも、食べてみたら明らかに違った。 スパイスの香りが立つ。味噌のコクが効く。イノシシの油で甘みが広がる。
これがバージョン3。「ぼたんスープカレー」の原型だった。
「ぼたんスープカレー」という名前が降ってきた日
バージョン3が形になった時、名前を決める必要があった。
もちろん、GPTに聞いた。
「丹波篠山の商店街で、ぼたん鍋をフィーチャーしたスープカレーを作っている。 どんなネーミングにすればいい?」
たくさんの案が返ってきた。 その中で、一番ピンときたのが「ぼたんスープカレー」。
シンプルだけど、全部入っている。 丹波篠山。ぼたん鍋。スープカレー。 聞いた瞬間に「何それ?」と思ってもらえる名前。
命名もAIと一緒だった。 ただし、最後に「これだ」と選んだのは自分の感覚だ。
ここまでずっとそうだった。 AIが出す答えは毎回たくさんある。 でも「どれがいいか」を決めるのは、いつも自分の舌と、自分の直感。
これは、インテリアの仕事でお客様に提案する時と同じだ。 選択肢を広げるのはプロの仕事。 でも「これがいい」と決めるのは、お客様自身。
AIが広げて、自分が選ぶ。 この関係が、バージョン3でようやく見えてきた。
スタッフが勝手にAIを使い始めた
面白いことが起きた。
バージョンが上がるたびに味が変わるのを見て、 最初、スタッフは不安がっていた。
「また変えるんですか?」
素人が作っているスープカレーが毎週変わる。 不安になるのは当然だ。
でもバージョンが3、4、5と上がっていくにつれ、 明らかに味が良くなっていくのを、スタッフも舌で感じていた。
ある日気づいた。 スタッフが勝手にAIを使って、レシピの改善案を出していた。
僕が「聞く→全部やる→食べる→また聞く」を繰り返すのを見て、 自分でも同じサイクルを回し始めていた。
これが嬉しかった。
「素人の四拍子」は、僕だけのものじゃなくなった。 やり方さえわかれば、誰でも回せるサイクルだった。
あなたの職場で、新しいツールや方法を導入した時、 「やってみせる」以上に効く方法はありますか。 僕の経験では、ない。
まず自分がやる。失敗も含めて見せる。 そうすると、周りが勝手に動き出す。
バージョン3からの道は、まだ半分だった
バージョン3で「ぼたんスープカレー」という軸が定まった。 赤味噌、イノシシの油、テンパリング。 唯一無二の要素が揃った。
でもここから8.5まで、まだ5段階ある。
次にやったのは、プロの味を自分の舌で確かめること。 関西のスープカレー専門店。 Googleマップで検索しても10店舗も出てこない。 その全てに足を運んだ。
愛知では、味噌を使ったスープカレーの名店「ラセン」に出会った。 めちゃくちゃ美味しかった。味噌の使い方が、根本的に参考になった。
関東まで弾丸ツアーも行った。 ツアーを組んだのもChatGPTだ。 「丹波篠山から1泊2日で帰ってこれる関東までの道すがら、 スープカレーを提供するなら行っておいた方がいいお店を回るルートとリストを出して」。 道中のお店を含めて10店舗ほど回った。
食べたらすぐ、感想をGPTに入力する。 「この店のスープはこういう特徴があった。自分のレシピに取り入れるなら?」 まとめ、要約、比較。 参考にできるものは全部持ち帰った。
——その食べ歩きの話は、次回たっぷり書く。
まず、一つだけ。 もし今、仕事でも趣味でも「もう少しこうしたい」と思っていることがあるなら、 AIに聞いてみてください。 答えは一度スルーしてもいい。履歴は残る。 後から読み返した時に、思わぬ繋がりが見つかるかもしれない。
僕の「ぼたんスープカレー」は、一度スルーした「味噌」から始まった。
次回予告 第3話「ChatGPTにスープカレー巡りの弾丸ツアーを組ませた話」 ——関西から関東まで、食べて、入力して、持ち帰る。素人の舌はどこまで進化するのか。 3月10日公開。
このブログでは、飲食経験ゼロの僕がAIと一緒にスープカレーを作り上げた全過程を公開しています。 素人の挑戦が気になる方は、ぜひ続きも読んでみてください。
ぼたんスープカレー開発記
- 第1話:飲食経験ゼロ。頼ったのはAIと、人力車で鍛えた”聞く力”だった
- 第2話:AIに「コクの出し方」を聞いたら、レシピが根っこから変わった(本記事)
- 第3話:ChatGPTにスープカレー巡りの弾丸ツアーを組ませた話(3/10公開)
- 第4話:9割が「美味しい」と言った。でも1人の「美味しくない」で全部変えた(3/17公開)
- 第5話:ぼたんスープカレー、はじまります。——素人の1年間が店になる日(3/19公開)

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