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飲食経験ゼロ。頼ったのはAIと、人力車で鍛えた”聞く力”だった

——ぼたんスープカレー開発記 第1話


朝の台所で、鍋の中を覗き込む。 スパイスの香りだけは、もう一丁前だ。 でも味は、まだ足りない。何が足りないかも、わからない。

「新しいこと始めたいけど、素人が今さらな」。 そう思って止まった経験、ありませんか。

これは、飲食経験ゼロの僕が、AIを頼りにスープカレーを作り始めた話です。 お客様の「うすい」の一言で全部が動き出し、 1年かけてバージョン8.5にたどり着くまでの記録。

ただし、武器になったのは料理の知識じゃなかった。 19歳の時、奈良公園で人力車を引きながら覚えた「聞く力」だった。


目次

なぜインテリア屋がスープカレーを作ることになったのか

僕の名前は細見勇人。 株式会社サロンテリア大林の2代目で、本業はインテリアの会社だ。 創業から50年。僕自身も20年この仕事をしている。

なのに今、スープカレーを作っている。 順を追って話す。

人力車、四国遍路、インテリア——「聞く力」の根っこ

19歳の時、奈良公園で人力車を引いていた。 3年間、毎日お客様を乗せて走った。

人力車の仕事は、走ることじゃない。 お客様に話を聞いて、その人だけの時間をつくることだ。 「どちらからですか?」「今日は何の記念ですか?」。 その答え次第で、案内するルートも、話す内容も変わる。

ここで僕は、「聞くことで相手が笑顔になる」と体で覚えた。 接客をしながら生きていく。そう決めた原点だ。

22歳で家業に戻った。 でもすぐに悩んだ。何をしていいかわからなかった。 その時、機会をもらって四国八十八ヶ所を徒歩で巡った。

歩きながら、仏教の考え方に触れた。 宗教としてではなく、思想の見本として。 人は一人称の中でしか生きられない。 だから幸せは、自分の感覚の中にしかない。

この考えが、今の僕のすべての仕事の根っこにある。

その後、心理学を独学で学び、ヒアリングの技術を磨いた。 インテリアの現場で「お客様の個性を聞き出す」スキルになり、 キャリア教育の講師として「中高生に問いかける」技術になった。

人力車の上で始まった「聞く力」は、20年かけて僕の一番の武器になった。

アウトドアショップSATORYと「ウチにしかない食事」

3年前、商店街にあった自店舗をアウトドアショップに改装した。 店の名前はSATORY。

コーヒーに傾倒し、店内で提供するようになった。 修行はしていない。 WEBとAIと珈琲屋さん巡りで、独自のメソッドを作った。 そのコーヒーをきっかけに、店に来てくれる人が増えた。

次に思ったのは、「飲食をもっと店に取り込みたい」ということ。 でも改装費用を考えると、どこにでもあるメニューでは意味がない。 「ウチにしかない食事」を作りたかった。

そんな時、近所に住むカレーマニアの先輩が声をかけてくれた。 「スープカレーという言葉を作った店、知ってるか?」。

連れて行かれたのは、マジックスパイスという名店。 その後、イエロースパイスにも出会った。

食べた瞬間に思った。 これ、作ってみたい。


専門業者のスパイスミックスで「美味しい」と思った日

とはいえ、僕は飲食経験ゼロだ。 スパイスの知識もない。包丁の使い方も怪しい。

だからまず、プロに頼った。 アウトドアショップにスパイスミックスを卸している専門業者に、 「スープカレー用のミックスとレシピを作ってほしい」と依頼した。

届いたスパイスで、スタッフと一緒に作ってみる。 多少の物足りなさはある。 でも「美味しい」と感じた。

イベント出店を始めた。 スープジャーに作ったものを保温して、よそって提供するだけ。 正直、それでいけると思っていた。

でも、この方法は1ヶ月も続かなかった。 店頭に屋台を作って、週末提供を始めた。

最初のうちは順調だった。 「美味しいですね」と言ってもらえるのが嬉しかった。


お客様の「うすい」が、すべてを変えた

店頭提供を続けるうちに、ある光景に出くわした。

スープカレーを一口食べて、首をかしげるお客様。 「うすい」。 「もっとコクがないと好みじゃない」。

その言葉が、刺さった。

スタッフと作って「美味しい」と感じていたものが、揺らぐ。 自分たちの味覚は正しかったのか。 そもそも素人の「美味しい」は、どこまで信用できるのか。

不安になった。 でも、ちょうどその頃、僕はAIを学び始めていた。

とりあえず聞いてみるか。

ChatGPTを開いて、打ち込んだ最初の質問はこうだった。

「スープカレーのコクを出すにはどうしたらいいか?」

AIは即座にいくつものアイデアを返してきた。 バターを足す、トマトペーストを濃くする、玉ねぎをもっと炒める。 どれが正解かは、わからない。

でも僕には、料理の正解を判断する知識がない。 だから決めた。

全部やる。

あなたが誰かに「それ、ちょっと違う」と言われた時、最初に何をしますか。 僕の場合は、聞く。そして全部やってみる。 人力車の時からずっと、そうやってきた。


AIに聞く。全部やる。食べる。また聞く。

ここから、長い日々が始まった。

AIが提案するアイデアを、片っ端から試す。 作って、食べて、スタッフと感想を交わす。 「ええやん!」と思って提供する。 でも、また「やっぱり違うのか?」に戻る。

このサイクルを、僕は心の中でこう呼んでいる。

「聞く→全部やる→食べる→また聞く」。

名付けるなら、「素人の四拍子」だ。

料理のプロなら、最初の一口で何が足りないかわかる。 経験があれば、10のアイデアから2つに絞れる。

僕にはそれができない。 だから10個全部やる。食べる。聞く。また聞く。

AIの回答は、毎回的を射ていた。 ただし、全般的に薄味に仕上がるイメージで、完璧ではない。

ここが大事なところだ。

AIは味見ができない。

だから最後に「これでいい」と判断するのは、自分の舌しかない。 AIへの問いかけは、実はインテリアの現場でやっていることと同じだった。

お客様に「どんな部屋にしたいですか?」と聞く。 答えが返ってくる。 でもその答えをそのまま形にしても、たいてい違う。 言葉の奥にある、本人も気づいていない好みを引き出す。 それがヒアリングだ。

AIへのプロンプトも同じ構造だと気づいた。 簡単に見えて、実は構造的。 情報が足りないと、AIは推測からたくさんの可能性を出してくる。 どれが正解か、全部間違いかもわからない。

対人のコミュニケーションでも、ここで認識の相違が生まれる。 AIは一見やさしいから、わかったふりをしてくれる。 でもちゃんと情報を渡さないと、答えはぼやける。

だから僕がやったのは、「聞き方を変え続ける」ことだった。

塩を増やせと言われれば増やす。 「ええやん!」。 提供する。 「やっぱり違うのか?」。 また聞く。

根本的にレシピを変えたらバージョンを1つ上げる。 少し足した程度なら0.1ずつ上げる。 このルールを自分の中で決めた。

バージョン1から始まったスープカレーは、 ここから1年かけて8.5まで進むことになる。


バージョン8.5への道は、まだ始まったばかりだった

この時点では、まだバージョン1だった。 ここから8.5まで2年かかることを、当時の僕は知らない。

次の転機は、AIから返ってきたある一言だった。 「コクを出すなら、味噌がいい」。

味噌。 その瞬間、頭の中で何かが繋がった。

僕が暮らす丹波篠山には、ぼたん鍋がある。 イノシシの肉を使った、地元の名物だ。 味噌とイノシシ。

もしこの2つをスープカレーに入れられたら。 どこにもない、ウチだけの一杯になるんじゃないか。

その直感から、レシピが根っこから変わり始める。 焦った。でも、素人だから聞くしかない。

——その話は、次回。

まず、一つだけ。 もし今、「素人が今さら」と感じていることがあるなら、 AIでもいい、誰かでもいい。 まず一回、聞いてみてください。 答えが正しいかはわからない。 でも、聞いた瞬間に、止まっていた時間が動き出す。

僕のスープカレーも、そこから始まった。


次回予告 第2話「AIに『コクの出し方』を聞いたら、レシピが根っこから変わった」 ——味噌、イノシシの油、そして丹波篠山のぼたん鍋がスープカレーと繋がる。 3月3日公開。


このブログでは、飲食経験ゼロの僕がAIと一緒にスープカレーを作り上げた全過程を公開していきます。 素人の挑戦が気になる方は、ぜひ続きも読んでみてください。


ぼたんスープカレー開発記

  • 第1話:飲食経験ゼロ。頼ったのはAIと、人力車で鍛えた”聞く力”だった(本記事)
  • 第2話:AIに「コクの出し方」を聞いたら、レシピが根っこから変わった(3/3公開)
  • 第3話:ChatGPTにスープカレー巡りの弾丸ツアーを組ませた話(3/10公開)
  • 第4話:9割が「美味しい」と言った。でも1人の「美味しくない」で全部変えた(3/17公開)
  • 第5話:ぼたんスープカレー、はじまります。——素人の1年間が店になる日(3/20公開)
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